ミャンマー 日記

ミャンマーという国: 懐かしのミャンマー時代

2008年5月31日

今、サイクロンの被害で苦しむ国、ミャンマー。
一般的に外国(特に欧米)ではミャンマーでは通じず、
バーマ(Burma)という前の国名のほうが分かってもらえます。
日本語で言う「ビルマ」ですね。
それは、国によって現在の軍事政権を認めておらず、
その軍事政権が決めたミャンマーという国名も承認してないからです。
アメリカなんかは、その一例ですね。
(どっちにしろ意味は同じです。)
さて、そのミャンマーにかつて住んでたことがあります。
だからこそ、ミャンマーにたいする思い入れも強く、
今回のサイクロン被害、軍政の対応などなど、
非常に胸が痛むところがあります。
国際支援を受け入れたと思ったら、
思った以上にお金が入ってこないから、不満をぶつぶついう軍政。
結局金目当てなんです。
被災者たちに確実に届く支援、ミャンマーに対しては、非常に不安です。
それでも、日本に戻ったら寄付はしたいと思います。
すこしでも役に立てれるように、少しでもすくえるようにと願いながら。
さて、ミャンマー時代の写真もPCに少し入っているので、
久しぶりに見てみました。
10年前、97年~98年なので、当時16歳ですよ。いやーわけー。

学校帰りにこうやって道端のカフェであまーいミルクティ飲んだり。

一人暮らしをしてたのですが、これは2番目に住んでたアパートです。
何階だっけな?7階とか8階ぐらいに住んでて、
毎日階段を上ってました。窓からはシュエダゴンパゴダという
一番大きな金色に輝く仏塔が見え、ライトアップされた姿はすごくきれいでした。
殺風景な部屋ですが、勉強したり、ギター弾いたり、
いろんな思い出があります。

ミャンマー国内を友人一家と旅行した先で、
地元の人たちがチンロンをやっていました。
(タイで言うセパタクローだけど、ただみんなでリフティングする感じ)
飛び入りで参加したときの写真です。
ここではいているジーンズはSTUDIO D'ARTISANのもので、
当時はブラックジーンズのように濃紺でしたが、
その後もずっとはき続け、見事にいい色落ちしました。
今でもリペアを繰り返しながら、現役ではき続けています。
熱い仏教の国。
人はみなやさしく、心がきれいな国です。
ただ軍政/圧政という庶民のかけ離れたところで膨らむミャンマーのイメージが、
とてもむなしく思えます。
民主主義指導者のアウンサンスーチーさんの軟禁もさらに半年延長になり、
さらに、軍政の思う壺です。
内政干渉はたしかによくないかもしれませんが、
ミャンマーの人々の苦しみを、どれだけ積み重ねればいいのでしょうか?
国際社会の注目を浴びるミャンマー。
国際支援が人々にいきわたるように。
そして、少しでも早く民主化への布石をうてるように、
何か動きがあればいいのになぁと、常々思う今日この頃です。

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