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時松辰夫著「どんな木も生かす 山村クラフト」は、地域 X 木工の揺るぎなき指南書

2020年9月26日

山村クラフト 秋岡芳夫 時松辰夫

待望の本が出版されました。時松辰夫さんの「山村クラフト」です。

この本のタイトルには「どんな木も生かす」とあり、さらには「"小径木" "曲がり材" "小枝・剪定枝" "風倒木"を副業に」というサブタイトルまでついており、そこには樹皮がついたクヌギの器の写真が載っています。

「山村クラフト」

その言葉から安易に地方の田舎で山がある地域の人たち向けの本だと思ってしまいます。しかし、中身を読んでみると木のものづくりの考え方、心構え、そして実技面での具体的な手順や作例など詳細に記載されており、まさに「木のものづくり」をする人にとってひとつの指針になるべく重要な要素がすべて包括され、丁寧に解説された指南書であることがわかります。

では、「木のものづくり」をする人だけに向けた本かというとそうでもありません。高度に発展しつづける社会の中にあっても不明瞭な未来に対峙する現代人が、人として”気概をもって生きる”ためには何が必要か、そんな意味でも重要なヒントをくれる本でもあります。

「山村クラフト」とはなにか。時松辰夫さんとはどういう方なのか。読んだ感想も含めて紹介させてください。

山村クラフトとは

岩手県 洋野町 大野 おおのキャンパス 秋岡芳夫

山村クラフトとは、身の回りにある資源を、人の手を使って、暮らしを豊かにする生活道具を生み出すことです。

本では、山村という言葉通り地方の「山村地域」を主眼に置いて書かれていますが、僕はもっと広い視点でとらえても良いと思っています。都会であっても、街路樹や公園の木があります。日本のほぼすべての地域に木があり、そのような身の回りにある木を使い、暮らしを豊かにすることが可能です。地域資源を使いものをつくるプロセスも含めて、まさに今を生きる人たちの”暮らしを楽しく豊かにする”ためにあるのが「山村クラフト」です。

世の中、木が嫌いな人はいません。(もしかしたらひどい花粉症で杉を恨んでいる人がいるかもしれませんが。)大昔の人間は森の中で暮らし、その時から人のDNA組み込まれているのか、生活が豊かになった今でも何かにつけて人は木を求めます。どんな都市部でも街路樹が植えられ、公園には木が植えられています。自然の中に癒しを求めて、休みの日はこぞって登山やキャンプに出掛けます。車のインテリアであっても木が多く使われます。安価な家具には木目調のプリントが施され、視覚だけでもいいから「木」を取り入れたい、そんな現代人のニーズが表れています。

みんな木が大好きです。

かつては、地域の資源を使い暮らしの道具をつくることがどの地域でも、当たり前のように行われていましたが、消費社会に移行する中で、”買う”ことによって生活をつくるようになりました。その中で失われたものが「人の手によってつくる行為」そのものです。それを取り戻すことが人としての喜びを感じ、気概をもって生きることになると説いています。

山村クラフトがもたらす豊かさ

この「山村クラフト」は2つの観点で「豊かさ」をもたらしてくれます。

ひとつは、人としての豊かさです。後でも書きますが、どんなに社会が発展し、生活が便利になったとしても、人の手によるものづくりは求められます。むしろ世の中が高度化すればするほど自らの手をつかいモノをつくり、暮らしをつくることの重要性が問われるようになってきています。コロナの影響で巣ごもり需要からDIYがさらに人気になっていますが、この現象も、人がそもそもモノをつくることを欲求としてもっていることの現れでしょう。さらに、”作ることによる豊かさ”とそのつくられた”ものを使う豊かさ”にも分類できます。

そしてもうひとつは、地域としての豊かさです。地域の資源を、地域で活用していこうとする取り組みにより、その地域が豊かになる実例があります。しっかりと仕組みが備われば、どんな地方でも産業を成すことができ、そこに住む人々に尊厳を与えることにつながります。それは格差が広がる現在においてとても意味があることになります。

時松辰夫さんはどのような方なのか

この「山村クラフト」をこれまで日本各地で推進し、指導に当たってきた方が、この本の著者 時松辰夫さんです。今年83歳になられますが、現在は、大分県湯布院にて「アトリエときデザイン研究所」を主宰し、木の器など暮らしの道具を生み出しながら、各地で後進の指導にあたっています。

かつて、工業デザイナー秋岡芳夫さんの指揮のもと、岩手県大野村(現 洋野町)、北海道置戸町などで工芸を指導し、山村クラフトでの地場産業の形成を支援してきました。秋岡さんが掲げる理念をその指揮のもと実際に現場で実現してこられたのが時松さんなのです。

もともとは、大分県の工芸試験所にて研究員としてお仕事をされていました。そんな中、戦後の工業化において第一線で活躍されていた秋岡芳夫さんが、工業化によって人の手による創造・工作・工夫が失われることで人としての尊厳も失っていくと考え、工業デザイナーを退き、”消費者から愛用者になろう”と「モノ・モノ」運動を展開しはじめました。時松さんは、活動初期から、その趣旨に賛同し、グループモノモノが企画する展示会などに出品するなど、関係を深めていました。

その後、具体的に秋岡さんが大野村にて地域づくりを始めることになり、時松さんがその技術指導員として現地に入ることになりました。

この秋岡さんの考えやさまざまな地域づくりの経緯なども、「第1章山村クラフトの歩み」で丁寧に解説されています。そしてその活動から生み出された各地の作品も「第2章地域で生まれた山村クラフト作品」で紹介され、それぞれどのような特色をもって、どのような考えでデザインされたのか解説されています。これだけでも非常に読み応えのある内容になっています。

僕も秋岡芳夫さんの取り組みについていくつかこれまで記事を書いていますので、ぜひ読んでみてください↓

岩手県 洋野町にある工業デザイナー秋岡芳夫が生んだ一人一芸の里「おおのキャンパス」に行ってきました。

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人の暮らしは「つくる」ことから始まる。秋岡芳夫さんの思想とモノ・モノ 代表菅村大全さんの取り組み

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木のものづくりが暮らしを豊かに

本を通して一貫して述べられているのが、山村クラフトは常に「生活者を豊かにする」、強いては「生活文化の向上」のためにあることです。そこには独りよがりな考えはありません。人としてどうあるべきか、資源をどう生かすべきか、地域としてどうあるべきか、ものと人はどうあるべきか、都市と地方はどうあるべきか、すべてにおいて「生活を豊かにする」という目的に沿って考えていかなくてはいけません

「豊かさ」とはなにか。その答えは時代によって変化します。物がなかった時代があったからこそ工業化が進み、物質的な豊かさを手に入れました。その絶頂から数十年たった今、僕たちが望んでいる豊かさは、ただの「物」ではなく、そこにつながる「心」になってきています。しかし「思い馳せるストーリー」や「共感できるなにか」を探している僕たちの時代から、もう少し先に行けば、また違う何かを切望する世の中になっていくかもしれません。移り行く「豊かさ」のかたちを謙虚に受け入れながら、人はものを作り暮らしていきます。

これまで、いくつかの記事で秋岡芳夫さんの思想を紹介してきましたが、時松さんも

ものをつくる楽しみは、人間の欲求であり、本能です。

と書いています。ものをつくることは、いつの時代も人が求める欲なのです。その欲求を、常に暮らしを豊かにすることに活かしていけば、よりよい生き方が実現できるのではないでしょうか。

しかし、ただ地域の資源を使って、ものをつくればよいというだけの話ではありません。暮らしを豊かにするものをつくるには、豊かな感性とデザイン力が必要となります。そしてそこで生み出される道具は”良品で品格のある日常の生活用品”であることが求められるます。

そのスキルをどのように鍛えるかも丁寧解説されており、各地で指導されてきた時松さんだからこその説得力ある内容が響きます。

趣味・副業・生業

岩手県 洋野町 大野 おおのキャンパス 秋岡芳夫

山村クラフトが人の暮らしを豊かにするというのは、その生産物によってもたらされる豊かさ(生活者側)とその「もの」を作る側の豊かさ(生産者側)の2つがあります。ものをつくる人は、そのつくるプロセスを通じて、人として価値を創造する喜びを感じることができます。

それには、趣味で身の回りにある資源を生かしながら主に自身の暮らしを豊かにしていくこと、勤めながら空き時間にものづくりに精を出し副収入を得ること、そしてついには生業として生活の収入すべてを山村クラフトから得ることの3つの段階があります。

これら3つは目的や考え方が違うため、それぞれ分けて考えなければいけませんが、この3つの中でも副業は、世間的に認められつつある中、木のものづくりによって生活に張り合いをもつだけでなく、勤めの傍ら取り組んでそこから副収入を得ることが可能になるため、より現代の人たちに受け入れられやすいのではないでしょうか。

そのものづくりの始め方は、様々ありますが、学校や訓練所に通って技術を身につけるのもひとつ、僕が運営するツバキラボのような木工教室やシェア工房に通うのもひとつ、独学で始めるのもひとつ。目的にあったやり方で始めればいいですが、山村クラフトには山村クラフトの考え方や作り方があるので、それについては、事細かく解説されたこの本が大いに参考になります。

山村クラフトが成り立ち発展する条件

岩手県 洋野町 大野 おおのキャンパス 秋岡芳夫

その山村クラフトが成り立ち、そして発展していくための条件も丁寧に解説されています。つくり手としても、山村クラフトに取り組む地域としても次の条件が満たされていないと成り立たないそうです。

山村クラフトの成功・発展・繁栄の条件

  • 人が必要なものをつくる
  • 素材が豊富
  • 基本技術を習得できる
  • 使って(愛用して)くれる社会と関係を深められる(人との交流を行う)
  • つくり手の不断の創意工夫と意識の向上がある(好きであること)
  • ものづくりを経済活動としてとらえ、価値の確立に向けて行う(売る目的でつくる)
  • 四季や旬に関心を持ち、地域社会の伝承や習慣に順応し、積極的にさんかできる(地域共生を心がける)
  • 工芸を通して環境に配慮したまちづくりに参加し、キャッチフレーズを設定して多くの人と多面的に行動する(囲い込まない情報交換)

これらがひとつでも欠けてしまうと山村クラフトとしての発展はありません。そのために必要な事項が、細かなことも含めて(制作手順、技法、売値の設定、展示会の準備事項、人付き合いなども!)、第3章、第4章にたくさんのページを割いてまとめられています。まさにバイブルとも言えますね。

山村クラフトを都市で

本書を通して読んで、広範囲であるのにとても細かい解説が木のものづくりにたずさわる多くの人にとって指南書になるべく本だと感じました。

タイトルが「山村クラフト」とあり、地方の農山村地域を主眼において書かれていますが、逆にこの視点を都市部の人たちが持つことによって、どんなことが実現するのだろうか、とワクワクしてきます。

木という資源は、都市部であっても存在します。人口に対してその資源量は地方の割合に比べると少ないのかもしれませんが、山村エリアであろうと都市部であろうと地域の資源を生かして、暮らしを築いていく、その過程で生まれる豊かさをもっともっと生み出していかないといけないと感じました。

よりデジタルで、よりバーチャルの世の中に、自らの手で生み出すその価値はますます高まるでしょう。

時松辰夫さんがまとめ上げたこの「山村クラフト」の考えと実践法をさらに発展させて、これからの時代の人たちに暮らしの豊かさを提供していくためのバトンが渡されたんだと思います。

ぜひ読んでみてください。

岩手県 洋野町にある工業デザイナー秋岡芳夫が生んだ一人一芸の里「おおのキャンパス」に行ってきました。

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