舞鶴 観光で、大庄屋 上野家に行ってきました。

2016-01-04 | Posted in , 日本, 日記

舞鶴 観光 大庄屋 上野家

京都 舞鶴はヨメの生まれ故郷であり、年に何度か里帰りをします。その際、舞鶴観光としてちょこちょこ出かけるのですが、今回は西舞鶴のはずれ加佐地区にある大庄屋 上野家へ行ってきました。

 

のどかな田舎の風景の中、シュッとした看板と門松でお出迎え


舞鶴 観光 大庄屋 上野家d

これまで西舞鶴の奥の方まで来たことはなかったので地理感が全くありませんでした。加佐地区というエリアは全国どこにでもありそうな集落が点々とした田舎の風景を残しています。雪が多いこともあってか勾配がきつめの屋根、特にもともと茅葺だったことを思わせるトタン屋根が多く目につきます。現代的な家が少なく、トタン屋根だとしてもこのような風景を維持できているということは、住民のみなさんの意思統一ができているのかそのような規制があるのかわかりませんが、のどかで好印象です。

国道175号線から県道570号線に入り、そのような風景を眺めながら進むと、少しずつ上野家へ導くサインが出てきます。そして、到着すると、シュッとした看板が出迎えてくれました。この屋根二つのマークが上野家の紋なんだそうです。

駐車場には何台か車が止まっていました。今年初のオープンなのに人がいるのかな、と思いましたが、僕ら以外にお客さんを見なかったのでここのスタッフの車だったのでしょう。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家

母屋の入り口には門松が。正月の雰囲気を出しています。

 

大庄屋 上野家とは??


舞鶴 観光 大庄屋 上野家

庄屋というのは、Wikipediaで見ると下のような説明があります。そして今回の大庄屋というのは、さらにその庄屋を束ねていた家になります。

庄屋(しょうや)・名主(なぬし)・肝煎(きもいり)は、江戸時代の村役人である地方三役の一つ、郡代・代官のもとで村政を担当した村の首長。身分は百姓。庄屋は主に西日本での呼称で、東日本では名主、東北・北陸地方では肝煎と呼んだ。庄屋は荘(庄)園の屋敷、名主は中世の名主(みょうしゅ)に由来する言葉である。(Wikipedia)

上野家は室町時代に伊賀国から移り住んでから農業と養蚕を営む豪農で江戸時代終わりごろから由良川流域の村々の庄屋を取りまとめる大庄屋に任命されたそうです。当主は代々 彌一郎という名前を名乗り、明治維新後は12代彌一郎が衆議院議員となり、京鶴鉄道の施設や京都大学の設置などの業績を残すほどだったそうです(上野家 資料より)。つまり、相当の銘家ということですね。

庄屋(しょうや)・名主(なぬし)・肝煎(きもいり)は、江戸時代の村役人である地方三役の一つ、郡代・代官のもとで村政を担当した村の首長。身分は百姓。庄屋は主に西日本での呼称で、東日本では名主、東北・北陸地方では肝煎と呼んだ。庄屋は荘(庄)園の屋敷、名主は中世の名主(みょうしゅ)に由来する言葉である。(Wikipedia)

 

築170年ほどの主屋と長屋、蔵、真屋


舞鶴 観光 大庄屋 上野家

大庄屋 上野家は主屋と長屋、蔵、真屋などの建物で構成されています。主屋は江戸後期の建物だそうです。現在はレストランとして活用されています。長屋は現在管理する加佐活性化センターのオフィスと2階の資料館となっており、蔵はギャラリーと図書室として使われています。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家

茅葺屋根の主屋の壁には「水」の文字が。しかも、木の板を切り抜いていますよ。茅葺屋根の家にとってみれば、火が一番怖いわけで、火災難除けの意味として「水」を掲げているそうです。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家

蔵のギャラリーでは、しもきた和紙人形を丹後和紙に描いた池田豊幸さんの展覧会が行われていました。ほんわかとした気持ちになります。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家 木製冷蔵庫

そんなことよりも、息子は木製冷蔵庫に興味津々でした。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家

BooKURAと名付けられた小さな図書館にはたくさんの絵本や資料がありました。読まなくなった本を寄付してもらうこともあるそうです。また壁にはいわさきちひろさんの絵がいくつか飾られていました。

レストランとして使われている主屋は、定休日でしたが中を見せてもらいたいとお願いしてカギをあけてもらいました。土間部分は地域の野菜や民芸品が販売されていて、「田の字」間取りの部分が厨房と客席として使われていました。立派な黒い三連のかまど(おくどさん)もあります。囲炉裏は厨房の作業台の下で見えませんでした。また使われている階段箪笥や水屋箪笥などはすべて上野家で使われていたものだそうで、そのあたりも歴史を感じます。

舞鶴 観光 大庄屋 上野家 同志社大学

床の間がある客席がある部屋には、同志社大学の創始者である新島襄から上野彌一郎への手紙が展示してありました。これは、同志社大学創設にあたって上野家が支援をしたことに対する感謝状とのこと。大河ドラマ「八重の桜」を見ていたこともあり、ちょっと熱くなってしまいました。

 

これからが楽しみな大庄屋 上野家でした。


話によると建物がだいぶ傷んでおり、その補修などでやっと整備が進んできたとのこと。これからは、もっと上野家の歴史の重みと昔の暮らしをしっかり伝えていける施設になると魅力的になるんじゃないかなと感じました。これだけの建物を維持するだけでも大変なことですが、こうやって活用していこうといていることは素晴らしいですね。

〒624-0118 京都府舞鶴市西方寺285
0773-60-8200 (料理予約:0773-83-1339)
http://www.uenoke.com/
営業時間 8:30~17:15 (料理提供は12:00~15:00)
休業日 毎週水曜日・年末年始(レストランは月~水)

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